東京地方裁判所 平成11年(ミ)3号 決定 1999年6月30日
申立人
大﨑惲
外四名
右申立人ら代理人弁護士
高山征治郎
同
亀山美智子
同
中島章智
同
高島秀行
同
石井逸郎
同
楠啓太郎
同
宮本督
同
吉田朋
被申立人
日東興業株式会社
右代表者代表取締役
山持巌
右被申立人代理人弁護士
阿部三郎
同
櫻井公望
同
國武格
同
高木徹
同
寺島秀昭
同
木下秀三
同
須藤修
同
関内壮一郎
同
山本眞弓
同
渕上玲子
同
松留克明
同
太田治夫
主文
本件申立てをいずれも棄却する。
申立費用は申立人らの負担とする。
理由
第一 本件申立ての要旨
一 本件申立ての趣旨は、「被申立人につき、会社更生手続を開始する」との裁判を求めるものであり、その理由の要旨は次のとおりである。
1 被申立人は、昭和三五年三月八日に設立された資本金二八億一六〇〇万円の株式会社であり、ゴルフ場の経営等をその目的としている。
2 申立人らは、合計すると被申立人の資本金の一〇分の一以上である預託金返還請求権を有する債権者である(以下、申立人らに限らず、預託金返還請求権を有する債権者を「会員」という)。
3 被申立人は会社更生手続により再建すべきであって、被申立人が申し立てた和議手続によるべきではない。その主な理由は次のとおりである。
(一) 別除権者との間で弁済協定が締結されておらず、和議によった場合は、担保権の実行を免れることができない。担保権の実行を免れるためには、不利な条件で弁済協定を締結せざるを得なくなり、結局、弁済原資の確保が困難となり、和議条件の履行ができなくなる。逆に、別除権者である金融機関の大多数は、履行の確保につき疑問のある和議手続よりも、裁判所の厳格な監督のもとで行われる会社更生手続によることを希望している。また、会社更生手続においては、財産評定の結果、更生担保権として認められる金額が低くなっても、金融機関は甘受せざるを得ず、弁済原資の捻出が容易となるだけでなく、弁済の履行も確保される。
(二) 和議手続は、被申立人の事実上のオーナーであり、元社長である松浦均に対する責任追求を困難にし、同人の被申立人に対する実質的な支配を確保するために行ったものである。大多数の会員は、松浦均の責任を明らかにし、被申立人に対する支配を排除するため、会社更生手続による再建を希望している。被申立人の申し出た和議条件による和議が債権者集会において決議され、和議の認可決定が確定したのは、破産か和議かという二者択一の場面での限定的な債権者の意向表明に過ぎない。
(三) 申立人らが想定している後記4の更生計画案によれば、会員は、各ゴルフ場ごとに設立される新会社の株主となり、いわゆる株主会員制のゴルフ場の会員となるから、会員の地位は、和議による場合より有利となる。
4 申立人らによる更生計画案の骨子は、次のとおりである。
(一) 各ゴルフ場ごとに新会社を設立し、当該ゴルフ場の会員に新会社の株式を割り当て、預託金会員権(預託金返還請求権及びゴルフ場の施設利用権を内容とする)をもって現物出資する。被申立人は、新会社に対し、各ゴルフ場施設を売り渡し、新会社は、預託金会員権をもって、売買代金債務を代物弁済する。
(二) 新会社の株主となった会員は、新会社と会員契約を締結する。
(三) 被申立人は、被申立人から分社して独立法人となっている株式会社名松ゴルフクラブ、株式会社別府ニットーゴルフクラブ及び株式会社宮城野ゴルフクラブ(以下、「系列三社」という)に対する貸付金等の債権を、新会社に移転する。新会社は、系列三社から当該ゴルフ場を買い取り、売買代金を被申立人から取得した系列三社に対する貸付金等の債権をもって相殺して支払う。
(四) 会員が株主会員になることを希望しない場合は、預託金返還債務を新会社が引き受ける。ただし、預託金返還債務の額は、株主会員に割り当てた株式の発行価額と預託金額のいずれか低い金額まで減額し、会員は新会社(ゴルフ場)の運営に参加する権利を有しないこととする。
(五) 更生担保権及び更生債権(会員以外の債権者及び即時退会する会員)に対する債務は、各新会社が連帯して保証する(被申立人及び各新会社の負担割合は、更生計画において定める)。
(六) 被申立人及び新会社は、平成一三年から同一七年までの五年間で合計二〇三億六八〇〇万円の更生担保権を弁済し、平成一三年から平成二二年までの一〇年間で合計一四六億七一〇〇万円(弁済率一八パーセント)の更生債権を弁済する。
(七) 弁済原資は、海外資産の売却(四九億三〇〇〇万円)、担保有価証券等の売却(一九億六九〇〇万円)、関係会社に対する貸付金回収及び役員の個人責任追及による賠償金の取得(一〇〇億円)、ゴルフ場の収益(一六二億九三〇〇万円)、株主会員の募集(三二億二九〇〇万円)により調達する。
二 被申立人は各種上申書を当裁判所に提出し、「本件申立てを棄却する」旨の裁判を求めた。その理由の要旨は次のとおりである。
1 平成一一年五月一八日、被申立人が申し出た別紙和議条件記載の和議(以下「本件和議」という)に対する認可決定が確定した。これにより、被申立人の和議債務は、和議条件により変更され、実質的に「会社に破産の原因たる事実の生ずる虞」は存在しない。
2 次の事由を総合すれば、本件和議によることが債権者の一般的利益に適合する。
(一) 和議手続が終了し、和議の履行手続に着手する現段階において、会社更生手続が開始されるとすれば、約一年半の時間をかけて約五万四〇〇〇人の債権者との間で形成してきた法律関係を覆滅させることとなる。また、被申立人において名義書換手続を速やかに再開する予定であるが、新たに会員となった債権者との関係においても、法的安定性を害することとなる。
(二) 更生計画における弁済率、弁済期間は、和議条件よりも債権者に不利になることが想定される。すなわち、和議条件によれば、即時退会を希望する会員を除き、会員は、平成二五年九月三〇日までは預託金返還請求権を行使できず、同日以降の退会希望者には、年間一〇億円を限度として返還に応じるが、希望者に対する返還額が一〇億円を超える場合は、抽選で当選した者だけに返還し、希望者が多い場合は、弁済期間が二〇年を超える場合もありうる。しかし、更生計画による債務の期限の猶予は二〇年を超えてはならないとされ(会社更生法二一三条)、弁済原資が限られていることから、弁済条件は和議よりも低くならざるを得ない。会員の多くは施設利用権(プレー権)の確保を望んでおり、期間が長くなることが会員に必ずしも不利となるものではない一方、預託金の返還を求める場合は弁済率が高いほうが有利である。
(三) 経費節減、リストラ等の経営改善の措置を講じても、採算のとれないゴルフ場(緑野、藤原、花生、花の杜、長崎等)は、会社更生によれば切り離して売却されることになるが、そのゴルフ場の会員をどう処遇するかの問題が生ずる。本件和議は、すべてのゴルフ場を存続させることを絶対条件としている。
(四) 会社更生と異なり、早期に裁判所の監督を離れることから、和議条件の履行確保に懸念を表明する会員がいるが、これを監視する機関として学識経験者五名、会員代表者一〇名による監督機関が設置される。
(五) 旧経営者の不正、経営責任の追及については、公認会計士、税理士、弁護士等の会員有志代表による経営責任追及のための調査委員会を設置し、調査の結果、不正の事実が発覚し、刑事告発、民事の損害賠償請求等の申出があれば、被申立人はこれに従うこととしている。
3 申立人らの想定する更生計画案には次の問題点がある。
(一) 会社更生法二二六条は申立人らが主張するような多数の新会社設立を予定しておらず、新会社設立の根拠が不明確である。
(二) 新会社を多数設立する方法では、会員と他の更生債権者及び更生担当権者間の公正・衡平が保てない。また、預託金額にも差があり、会員相互間の公正・衡平も保てない。
(三) 新会社に被申立人が資産を譲渡する場合、価格次第では低廉譲渡となり、課税問題が生じる余地がある。
(四) ゴルフ場用地として多くある借地部分について、新会社を設立する方法では、地主の承諾を得る手続及び費用に問題がある。
(五) 系列三社がゴルフ場を新会社に対して売却する条項には拘束力がない。また、系列三社の債権者に対する配慮がなされていない。
(六) 関係者からの回収金及び旧役員からの損害賠償金が合計一〇〇億にも達するとして弁済原資を想定しているのをはじめ、弁済原資の調達方法が非現実的であり、疑問がある。
(七) 税金問題についての検討が不十分であり、経費削減、合理化等の経営改善について考慮されていない。
第二 当裁判所の判断
一 一件記録及び審尋の結果によれば、次の事実が認められる。
1 被申立人の平成一〇年三月三一日現在の清算貸借対照表によれば、資産は三五六億五九九八万七〇〇〇円、負債三〇六〇億三二九九万八〇〇〇円であり、二七〇三億七三〇一万一〇〇〇円の債務超過である。予想破産配当率は4.71パーセントである。
2(一) 被申立人は、平成九年一二月二五日、東京地方裁判所に和議開始を申し立て(平成九年(コ)第三六号)、和議裁判所は、同日、不動産の処分禁止、弁済禁止等を内容とする保全処分を発した。
(二) 和議裁判所は、平成一〇年一月一九日、古曳正夫弁護士を整理委員に選任した。整理委員は、同年六月一二日、和議を開始すべきである旨の意見書を和議裁判所に提出した。
(三) 和議裁判所は、同年七月三日、和議開始を決定し、同日、瀬戸英雄弁護士を管財人に選任した。
(四) 管財人は、同年一二月一〇日、議決権の調査結果の外、変更後の和議条件(別紙和議条件記載の和議条件)が相当である旨の報告書を和議裁判所に提出した。
(五) 申立人らの一部(五二〇名)は、平成一一年一月二二日、東京地方裁判所に対し、会社更生開始を申し立てた(平成一一年(ミ)第一号)。
(六) 和議債権者集会が、同年二月三日午後二時、日本武道館において行われた。
(七) 和議裁判所は、同年三月三日、別紙和議条件記載の和議(以下、「本件和議」という)が和議債権者集会における裁決の結果、賛成債権者数91.57パーセント(議決権を行使することができる出席債権者三万六五〇八人のうち三万三四三二人の賛成)、賛成議決額78.24パーセントで可決されたことを発表した。
(八) 申立人らの一部(二六〇二名)は、同月九日、東京地方裁判所に対し、会社更生開始を申し立てた(平成一一年(ミ)第三号)。
(九) 和議裁判所は、同月一〇日、本件和議の認可決定をした。
(一〇) 本件和議の認可決定に対し、手続に違法な点があったこと、決議が不公正な方法により成立したこと、和議債権者の一般の利益に反することを理由として即時抗告がなされたが、東京高等裁判所は、同年五月一八日、棄却決定をし、同日、同決定は確定した。
3 被申立人は、本件和議の履行と併せて、別除権者に対し、五年間にわたり総額約二四四億円を弁済し、担保権を消滅させるとして、別除権者と協定を結ぶべく交渉している。
別除権者である金融機関のうち、現時点において、弁済協定の締結に応じた金融機関は多くはないが、和議管財人が行ったアンケート調査によれば、和議に反対の意思を積極的に表明した金融機関はなかった。
北海道拓殖銀行は、大沼レイクゴルフクラブに対する担保権を実行したが、これは、北海道拓殖銀行から整理回収銀行への債権譲渡に備え根抵当権の確定を目的として行われたものであり、抵当権実行の仮処分がなされ、債務弁済調停において、整理回収銀行(現時点においては整理回収機構)と話し合いがなされており、弁済協定の締結の可能性もある。
4 和議条件の履行を監督するための監督機関(会員代表者及び学識経験者で構成されるもの)の構成員となる学識経験者五名は既に決定され、同人らの承諾が得られている。
5 いわゆるバブル崩壊後、ゴルフ場ないしゴルフ練習場の利用者は減少傾向にあるうえ、価格競争が激化し、客単価が急激に下落しており、ゴルフ場経営には厳しい環境にある。
以上の事実が認められる。これを前提に以下において検討する。
二 破産原因が生ずる虞の有無について
被申立人は平成一〇年三月三一日現在において、債務超過の状態にあり、破産法一二七条一項の破産原因があった。確定した本件和議の和議条件によっても、現時点において未だ債務は免除されておらず、債務超過は解消されていない。したがって、その余の点を判断するまでもなく、会社更生法三〇条一項後段の「会社に破産の原因たる事実の生ずる虞」があると認められる。これに反する被申立人の主張は採用しない。
三 本件和議によることが債権者の一般的利益に適合するか否かについて
会社更生法三八条四号は、他の手続によるほうが債権者の一般的利益に適合する場合、すなわち、和議等の他の集団的債務処理手続によるほうが弁済期、弁済率、履行の確保等の点において、債権者に有利になる場合においては、他の手続によるべきであり、会社更生手続開始の申立てを棄却すべきであるとする。この限りにおいて、会社更生法三七条及び六七条に規定されているいわゆる会社更生第一主義を変更したものである。債権者に有利か否かは、単に弁済期、弁済率等を比較するだけでなく、企業の規模・形態・業種、財産状態、他の集団的債務処理手続の進捗状況等を総合的に判断して決すべきである。
そして、本件では、前認定のとおり、和議開始申立て後、一年余を経過した後に第一次の会社更生手続開始の申立て(前記一2(五))があり、和議開始申立て後会社更生手続開始の申立てまでの間に、整理委員による意見書、管財人による調査報告書が提出され、和議認可に向けて手続が重ねられ、第一次の会社更生手続開始の申立て後の債権者集会において、和議賛成による決議がなされ、和議が認可され、既に和議認可決定が確立しているのである(なお、第二次の会社更生手続開始の申立て(前記一2(八))は、債権者集会の決議結果の発表直後になされている)。会社更生法三八条四号の解釈にあたっても、和議手続がそのような進捗状況にあるということを前提とせざるを得ず、和議認可決定が確定した直後の現段階において、会社更生手続開始の決定をして、既に積み重ねられた和議手続の効力を失わせる(会社更生法六七条一項)ことが相当か否かを判断をするについては、本件の具体的事情の下で特に会社更生手続によるべき事情があるか否かという観点から検討すべきものと考える。
この観点から和議による場合に問題となるのは、履行の確保である。本件和議に対する認可決定は既に確定しているものの、多くの担保権者との間において、現時点において、弁済協定が締結されていない。和議手続においては、担保権の実行を阻止する法的な手当がなされておらず、担保権の実行がなされたときは、本件和議ないし弁済協定に定められた弁済が履行されない可能性があることは否定できない。これに対し、会社更生手続においては、担保権の実行は法的に阻止されているから、担保権の実行によって更生計画の遂行が阻害される心配はなく、この点において、会社更生手続による再建がより強力であることは明らかである。しかし、一で認定した事実によれば、現時点において、別除権者である金融機関の殆どは抵当権を実行する姿勢を表明しておらず、弁済協定が締結される可能性も相当程度あるということができる。さらに、本件和議が、履行状況の監督のために監査法人の監査を受け、会員及び学識経験者らで構成される監督機関を設置することを和議条件において定め、監督機関の構成員となる学識経験者が既に決定され、就任の承諾が得られていることを併せ考慮すれば、和議手続において懸念される履行の確保についてその可能性がない又は著しく低いということはできない。また、申立人は、平成一三年九月に、少額債権者として会員の多くが弁済を要請してくるので、和議手続はとん挫すると主張するが、これを立証するに足りる証拠はない。他に、和議手続によった場合に特に不都合があるとは認められない。
なお、会社更生手続と和議手続とで、どちらが債権者の一般的利益に適合しているのかについて、弁済率及び弁済期間も重要な要素ではある。しかし、申立人の提示している更生計画案は、素案に過ぎず、会社更生手続開始後に管財人らによって策定される更生計画案が同様の内容になることは保障されていないばかりか、現実的可能性がある更生計画案について正確に検討するためには、調査員を選任して調査をすることになる。また、現時点において本件会社更生手続開始を申し立てた申立人らの数は、第一次及び第二次の申立てを合計して三一二二名であり、これに未だ申立てに至らないものの申立代理人に会社更生の申立てを委任する旨の委任状を提出している五二二名を加えても、三六四四人に過ぎず、会員総数の一割以下の数である。これらの点を踏まえるとき、本件和議に対する認可決定が既に確定し、大多数の債権者の同意を前提に本件和議手続が既に一年半にわたって進行しており、これによって、集団的な債務処理が実現することができるのであれば、これから更に費用と時間とをかけ、さらに債権者の意思形成を再構築した上で会社更生手続を行うよりは、本件和議手続によることが債権者の一般の利益に適合するものというべきである。
四 以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、本件申立ては理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官菅原雄二 裁判官近藤昌昭 裁判官本間健裕)